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タンパク質の摂取量と、慢性腎臓病との関係から、これまで一般的には「慢性腎臓病の悪化を予防するためには、タンパク質の摂取制限が必要である」と考えられてきました。しかし近年、高齢者はその限りではないとする説が有力です。
そもそも慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)とは、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎症、腎硬化症などにより、腎機能が悪化した状態の総称を指しています。成人の8人に1人罹患しているといわれており、さらに全世界で増加の傾向にあるため、決してまれな病気ではありません。
慢性腎臓病の初期には自覚症状が全くないこともあります。症状がないからといって通院を中断したり、指示された生活習慣を守らなかったりすると、知らないうちに改善の余地がないほど腎臓の状態が悪化することがあるため、注意が必要です。
また、タンパク質に関しては、過剰摂取が腎臓に負担をかけることが分かっているため、慢性腎臓病患者にはタンパク質摂取量を控える指導が長く行われてきました。しかし近年では別の問題が表面化しています。
別の問題とは、近年、高齢者人口の増大とともにみられるようになった「サルコペニア・フレイル」の増加です。サルコペニア・フレイルとは、筋肉量が低下した高齢患者のことをいいます。
「サルコペニア」というのは、年齢を重ねることによって筋肉が萎縮し、体重が減って、力が出せなくなる状態です。このような筋肉の状態に加えて、活動量が減り、疲れやすいなどの症状を合併すると「フレイル」という状態になります。
サルコペニアの原因は、老化に伴うタンパク質の吸収能力の低下、慢性炎症や酸化ストレスの上昇、動脈硬化に伴う筋肉内の血流低下、さらにビタミンDの作用低下などといわれています。サルコペニアが転倒などの身体活動の低下、脳卒中や心疾患などの危険因子であることは、多くの研究が示すところです。
したがってサルコペニア・フレイル患者は、筋肉量の維持のためにタンパク質をしっかり摂取することが重要です。特に高齢者の場合、低タンパク食とすることで、サルコペニアやフレイルのリスクが上昇し、予後を悪化させるのではないかとの指摘もあります。一方で、それにより腎機能低下が加速されるという懸念が解消したわけではないため、高齢者のタンパク質摂取量を巡る議論はいまだ続いている状態です。
ここで1つ、日本人高齢者のタンパク質摂取量と腎機能に関する研究をご紹介します。東京都と兵庫県の地域住民対象に行われている高齢者長期縦断研究(SONIC研究)のデータを用いたもので、私自身も大学院時代に少しお手伝いしている研究です。
解析対象は69歳以上の1,160人で、研究では、タンパク質摂取量と腎機能変化との関連を縦断的に検討しました。
その結果、ベースラインで腎機能が保たれていた群(eGFR60mL/分/1.73m2以上)では、タンパク質摂取量と腎機能変化量との間に有意な関連が認められなかったのです。さらに、ベースラインで腎機能が低下していた群(eGFR60mL/分/1.73m2未満)では、タンパク質摂取量と腎機能変化量に正の相関(β=0.98、P=0.02)が認められていました。
この研究結果が示すものは、高齢者においてタンパク質の摂取は腎臓の機能が低下するリスクがあるどころか、保護的に腎機能を守ってくれる可能性さえある、ということです。
少なくとも日本人高齢者において、タンパク質の摂取量は腎機能の低下を招くといちがいにいうことはできません。むしろ高齢者は腎機能を保護し、サルコペニアやフレイルのリスクを上げないためにも、積極的にタンパク質を摂取することが推奨されます。
研究を行った著者らも“慢性腎臓病患者を含む日本人高齢者には、タンパク質摂取制限をすべきではないと考えられる”と結論付けています。
近年「メタボリックシンドローム」という言葉が急速に広まり、太っていることがさまざまな疾患の危険因子になることが知られてきています。しかし高齢者はむしろ、太っていることより痩せていることのほうが健康に対して悪影響を及ぼすことを知っておいていただきたいと思います。
著:医師 天野方一(eHealthclinic院長)
参考文献
・Geriatr Gerontol Int. 2022 Apr;22(4):286-291.